家は武器

ADHD親子の、片付けられる家。

美しくなくても良い

 

「奇妙な」わたし

以前、私がアトピーだったことをお話しました。

iewabuki.hatenablog.com

大学生の頃にはもうすっかり良くなって、パッと見はアトピーだったことがわからないくらいにはなっていました。

でも、健康な肌の人達と比べてしまえば、まだまだきれいな肌とは言えません。

 

男女ともに、肌のきれいな人が好きだと思います。

肌の美しさは、若さ、清潔感、充実感、整った生活などをも連想させ、誰もが好感を持ちます。

これはもう、本能的に当然ですし仕方のないことです。

 

一方で、「アトピー 語源」で検索してみますと少々辛辣な言葉が出てきます。

「奇妙な」「変な」「異常な」「場違いな」…

もちろんこれは、アトピー症状を持つ「人」に向けた言葉ではなく、「症状」そのものに向けられた言葉です。

 

しかしそれをわかってはいても、自分に対してその言葉を投影させてしまい、静かに傷ついているアトピー患者さんが少なからずいるのではないでしょうか。

私はそうでした。

 

汚い肌は許されない?

街を歩けば、必ず、「この美しい肌を目指せ」というような広告メッセージが目に入ります。

多くの人たちがそれを目指し、数えきれない種類の化粧品が売れていきます。

 

でも、私は疾患を治すことが第一で、そのレベルで苦戦していました。

それはマイナスからゼロに向かってもがいている感覚です。

シミ・そばかすのない肌、白く明るい肌、シワのない肌、なんかはずっとその先にある、高すぎる目標なのです。

以前は、世の中から置いていかれる、取り残されるような気がして、広告を目にするたびに、苦しい思いをしていました。

 

「美しい肌は努力の賜物」確かににそうです。

女優さんやモデルさんなど美しい方たちが努力してないとは決して思っていません。

同時に、私も含めたアトピーの方たちの努力が足りないとも全く思っていません。

それでも、努力の差に関係なく、雲泥の差が出来てしまうものの一つが肌だと思います。

 

肌以外にも、同じようなことはいくらでもあると思います。

多くはダイバーシティーの観点からかなり見直されてきていると思います。

例えば最近のモデル業界では、プラスサイズモデルさんや、ダウン症のモデルさんがご活躍されています。

「ボディポジティブ」が提唱され、体型に関しては特に自由になったなぁという感じがしています。

www.cosmopolitan.com

www.vogue.co.jp

 

でも、まだまだ肌に関しては、自由でない気がしています。

体型は許されても、まだまだ肌が汚いことは許されない雰囲気を感じるのは私だけでしょうか。特に韓国、日本などのアジア圏ではその傾向が強いと感じます。

 

花柄おばあちゃんの衝撃

ところが、以前カリフォルニアに引っ越した時、衝撃を受けたことがありました。

化粧品の広告で、しみそばかすだらけの日焼けしたモデルさんがにっこり笑った写真が使われていたのです。

日本では、そんな写真が広告に使われているのを見たことがありません。

 

様々な人種が集まるエリアなので、化粧品コーナーにはファンデーションが10色以上横に並びます。色によって優劣はありません。

 

また、行く先々で、全身シミだらけのおばあちゃんが、ミニスカートの花がらのワンピースを着ているところも見ました。

ビーチでも、同じように、どんな年齢でも、体型でも、肌でも、思い思いの華やかな水着を着た幸せいっぱい楽しそうに見える女性たちを目にしたのです。

 

本当にチャーミングで素敵でした。

私は、生まれて初めて肌のことで自由になれた気がしました。

初めて、自分自身を「美しくなくても良い」と許すことが出来ました。

「美しくない自分」を許していなかったのは、世間ではなくて私自身だったのです。

 

「美しい肌」ではなく、「心地よい」肌を目指す

アメリカでは、日本ではスキンケアに必需品のように言われている化粧水が、メジャーなアイテムではありません。

それも驚いたことの一つです。

ストック管理が苦手でアイテム数を減らしたかった私には朗報です。

目指す肌の目標も、アイテム選びも、自由に自分にちょうどいい方法を選んでいいのだと気が付きました。

人から認められる肌を目指すのではなく、自分が毎日一緒に過ごして心地よい肌を目指したい。

人気のアイテムではなくて、自分が管理できる、続けられるアイテムを選びたい。

 

そんな風に考えて、私のスキンケアやお化粧は、とてもシンプルなものになりました。

 

今後その内容も記録したいと思います。